1. 無料アクセス解析
ないちょの雑記帳・改
右へ左へそして斜め上、日々思想は駆け巡る。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
チベットと台湾、そして中国-庶民は世界を変えうるのだろうか?-
チベットで騒乱が発生してから、一週間ほどたった。厳しい中国当局の報道管制のわずかな隙間から漏れてくる情報からはチベット騒乱が周辺に拡大し、犠牲者も増加しているようである。チベット中国共産党の武力侵攻以来、抑圧され続けてきた。そのチベット民衆の我慢の限界がもう来ているのかもしれない。また、中国当局の情報統制によってダライラマ14世のあくまで非暴力によるチベットの主権確立の願いもチベット民衆には必ずしも伝わっておらず、暴力的な手段も辞さないチベット民衆も現れている。中国当局も小出しに犠牲者数や鎮圧の状況を新華社通信等を通じて、世界に発信しているが、あくまで中国当局の正当化に有利な暴力的な抗議行動をとるチベット民衆の情報を流している。

この騒乱の同時期に台湾の総統選挙が行われ、中国と協調し、台湾の独立に否定的な馬英九候補が当選した。これは台湾の一般庶民中国との経済的な結びつきを重視し、独立志向を強めることで中国との対立を忌避する傾向から、このような結果となったといわれている。この傾向が続けば将来的に台湾中国の一部として取り込まれていくことになるであろう。そのとき、台湾が第二のチベットにならないという保障はない。台湾は一度国民党軍によって、多くの住民が殺害された歴史を持つ。その歴史がもう一度繰り返されるという可能性が高まったといってよいだろう。それでも、台湾人は馬英九を選んだ。つまりは将来的な危険より、現実的な経済的利益を選んだことになるだろう。

チベットの民衆は自らの未来を自ら選び取れず、台湾は未来の不確定な危険のある未来より現実的な経済的利益を選んだ。このような民衆のあり方を見て、庶民的な感覚は世界を変えうるものなのだろうか?もちろん庶民的な感覚がこれからの世界に必要でないとはいわない。がそれだけが世界を変えうる感覚とはいささか疑問をはさまざるを得ない。チベットでは自分の未来を選べず、台湾では目先の経済的利益が優先する。そのようないわゆる庶民に未来を掴み取る力を待っているのだろうか?

そのようなことは、日本にも言える。いわゆる左よりの論客には完全に武力を放棄し、第九条を堅守すれば何もかも解決するような論陣を張る論客がいる。また、右よりの論客には対特定アジアに対し徹底的に強硬路線貫き、武力行使も辞さないという論陣を張る論客もいる。日本の庶民と呼ばれる階層は先に述べた極論に同調しやすく、現実的な選択をするとは考えにくい。それに現状では目先の経済的利益を優先してそのほかの問題についてはまったく考慮しない傾向があるように思える。

本当に庶民は世界を変え得る力を持ちうるのだろうか?

ブログランキング・にほんブログ村へ
関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://daibadatta.blog116.fc2.com/tb.php/18-9b16bf6a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。