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ないちょの雑記帳・改
右へ左へそして斜め上、日々思想は駆け巡る。
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終戦記念日に寄せて~その2~
明日は終戦記念日である。
この時期なるとさまざまな戦争特集がある。戦争反対の集会もこの時期盛んに行われる。その集会等で非暴力平和主義についてしばしば言及される。

そこで先のエントリーで非暴力平和主義への懐疑の念を述べたが、非暴力平和主義の源流であるマハトマ・ガンディー氏について少し述べたいと思う。

マハトマ・ガンディー氏は非暴力平和主義の提唱者として世界に広く知られ、キング牧師、ダライラマ14世もその主張の影響を受けた運動家である。

その主張は非暴力不服従が主なものであり、暴力によらず支配者・抑圧者に対し服従しないと言うものである。その非暴力の主張は徹底しており、ナチス・ドイツが勢力を拡大し、イギリスへその勢力を伸ばそうとしたときには、イギリス国民に対し犠牲が出るおそれがあってもナチス・ドイツに対し降伏することを呼びかけたり、ナチス・ドイツ占領下のチェコやユダヤ人に対し、抵抗活動の一環として集団自殺を勧めたという(ウィキペディア マハトマ・ガンディー)。

彼の主張で重要なことは”犠牲が出ようとも、非暴力を貫く”ということであり、非暴力平和主義に徹すれば犠牲が出ないということではない。

実際外国勢力の支配下にあれば、何らかの形で犠牲が出ることは否定できない。そういったリスクを踏まえたうえで、非暴力平和主義を主張することは正しいことである。しかし、非暴力平和運動家と自称する活動家の中には非暴力に徹しても犠牲が出る可能性あるということを明確に主張しないものがいる。その中には非暴力平和主義に徹すれば犠牲が出ないかのような印象を与える主張もある。

小生が今の日本で非暴力平和主義を唱える運動家の主張に首肯できない部分があるのは上記のような点である。たとえば国家存亡の危機ような非常事態において、自らの犠牲を甘受し、抑圧し、支配し、略奪しようとする勢力に対し、何の備えを行わないことは一種の怠慢に思える。

マハトマ・ガンディー氏の主張を援用し、非暴力平和主義を唱えることに対し異議を唱えるものではない。しかし、ガンディー氏の主張の内容を吟味することなく主張することは思想的な怠慢である共に、国民に対する欺瞞である。また、九条改正問題との関連で日本の平和主義とは何なのか、日本の防衛に対しどのような考え方をするのか、しっかり考え直さなければならないのではないのだろうか?

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