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ないちょの雑記帳・改
右へ左へそして斜め上、日々思想は駆け巡る。
64回目の終戦記念日
今日は64回目の終戦記念日である。
衆議院議員選挙前の終戦記念日で、日本の将来を決める選挙が日本の過去を振り返る記念日の近くで行われることに意義深いものを感じる。

テレビ等のマスコミでも、戦争体験の話題がたくさん放送されている。東京大空襲の生存者による体験談、広島・長崎の被爆者の被爆体験など盛りだくさんである。このような戦争の体験談が体験者人の口から語られ、あの当時の状況などが戦争そのものを知らない世代に語られていくことは、戦争を考える上で非常に意義深いと思うし、これからも続けられるべきことであろうと思う。

ただ小生は以上のことだけでは十分ではないと思う。

それは先の戦争がいかに始まったことをもっと考え、その背景について多くの人と当時の状況を知る必要があるということである。そうすることで、先の戦争を避けうる選択肢があったかどうかを考える材料を得ることができるだろう。

戦争の悲惨さに目を奪われて思考停止することないようにしっかり日本の将来を現実的に考えなければならないと思う。
終戦記念日戦争体験は戦争の悲惨さを語り、戦争はするべきものではないと語るものであると小生は認識している。ただ惜しむらくはその体験談からいかに戦争を回避するのか、その具体的な政策論や方向性につながらない論議がなされていることである。こういった体験談を聞いて、結果として出てくるのはほとんど夢想に近い”みんな仲良く”論である。広島長崎の被爆体験に特に顕著なのが、この体験談を世界全体で共有すれば戦争は悲惨な体験を引き起こすだけで何も得るものはないという共通認識に至るという考えである。オバマ大統領廃絶演説に共感し、その演説に心酔したかのような被曝市の市長もいるが・・・・・。

本当にそうだろうか?

感情の共有だけでは戦争の回避は難しいと小生は考える。戦争は基本的に国と国の利害対立から起こる。そこに様々な利害や感情が絡まり、複雑になっていく。まず行うべきは、利害の対立を避ける方法論を考え、制度化することである。ただ現状では利害の対立は完全には解決し得ないので万が一の時に即応できる実力を整備することである。これらのことは感情ではなく現実を見つめた上での怜悧な計算の上に成り立たなければならない。

たとえば、オバマ大統領廃絶演説にしても、公に賛意を示しているのはロシアだけでアジアで最大の保有国はなんら賛意を示していない。両者とも、廃絶の方向に賛意を示しているのは装備の負担を軽減したいからであり、そのために段階的に削減するという方向性で調整するだろう。そしてある数まで来たら、そこで停止することになるだろう。また新型の兵器開発や更新に関しては何らかの抜け穴を設ける可能性が高い。中国との核バランスという問題があるため、早くても今世紀中の核廃絶ということはまず不可能だろう。そういった現実を前に戦争体験がいかなる力を持つのか考えない限り、片手落ちだといえる。

国と国の利害や感情論ではない冷徹な国益追求という現実を踏まえ、今一度戦争について考えないと日本の将来に不安を残すことになるだろう。

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これ以上、新しい終戦記念日をつくってはいけない。
2009/08/16(日) 12:07:06 | 鳥居正宏のときどきLOGOS